私の友人にSさん(67歳)という方がいる。
Sさんは、51歳のときにアルツハイマー型認知症と診断された。
診断されたときは、ショックで頭の中が真っ白になり、仕事を続けていく意欲もなくしてしまったそうだ。
けれども、その後、認知症という病いと向き合い、受け入れていく過程を経て、現在はケアハウスに入居しながら前向きに日々の生活をおくっている。
とはいうものの、認知症の中核症状である記憶障害や方向感覚の欠如などが、Sさんの日常生活に頻繁に困りごとをもたらす。
たとえば、次のような事柄だ。
*キッチンで鍋に火をかけていることを忘れてしまう
*同じスーパーに何度も行くが、陳列棚や商品の場所が覚えられない
*電車に乗って出かけるとき、切符をどこにしまったのかを常に確認していないと不安になる
*初めての場所はすぐに迷ってしまい、一人では出かけられない
*昨日何をしたのか思い出せない。記憶の連続性がなく、不安になる
*漢字が思い出せない、書けないことが多い
*外では雑音がうるさく感じる
アルツハイマー型認知症は、「記憶」「時間の見当」「場所の見当」「言葉」「計算」「計画」「注意」など、あらゆる知的活動(いわゆる認知)に障害をもたらすから、日常生活がどれほど困難になるかは想像に難くない。
けれども、(認知症になっていない)僕たちは、その困難さをどれだけ正確に理解できているのか……。
たとえば、Sさんは買い物に出かけるとき、「買うものリスト」を持って行くと言う。
なるほど、記憶に支障をきたしているのだから、メモを持参することは、僕らにも容易に想像できる。
けれども、Sさんはこうも言う。「買ってはいけないものリストも持って行く」と――。
そう、買い置きしてある牛乳や納豆やカミソリなどを再び買ってしまわないように、“裏リスト”も準備していくというのだ。
僕は、これを初めて聴いたとき、いかに自分が認知症のことをわかっていないか、いかに想像力が不十分であるかを思い知らされた。
僕らが認知症を本当に理解することは難しいかもしれない。
でも、そこに少しでも近づくためには、(1)想像力を鍛えること、(2)当事者の話を聴くこと、この2つがもっとも大切であることは間違いない。
Sさんはそれを教えてくれたのだった。